ー前回の内容ー
勇気づけシリーズ
⑨「意見言葉」を使う
ー今回の内容ー
勇気づけシリーズ
⑩感謝し共感する
アドラー心理学の有名な研究者の1人である野田俊作のこの本
「アドラー心理学を語る4勇気づけの方法」
今日もこの本に書かれていた10個の関わりについて書いていきます。
ついにラスト、10個目です。
*****
⑩
感謝し共感する
「協力してくれてありがとう」
「やる気があるのでうれしい」
↑
↓
賞賛し叱咤激励する
「よく動いて偉いね」
「もっと頑張るんだよ」
*****
今までの項目は引用している本の中に解説の段落があったのですが
なんとこの項目だけ解説の段落がありません。
解説が
⑨「意見言葉」を使う
までで終わっているんです。
なので僕の見解オンリーです。
あらためて、もう一度定義に戻りたいと思います。
そもそも”勇気”とは…
・未来を自ら切り拓こうとする力
・「よし、頑張ろう」と思える力
・建設的な行動を取ろうと思う力
・「やってみよう」と思える力
・自ら前に進もうと思える力
・自分で困難に立ち向かう力
:
Wikiにおいては
恐怖、不安、躊躇、あるいは恥ずかしいなどと感じる事を恐れずに
(自分の信念を貫き)向かっていく積極的で強い心意気のこと。勇ましい強い心をいう。
「よし頑張ろう、やってみよう」と自らの未来を切り拓く力
こういうものが沸き起こることが勇気づけだということです。
「感謝や共感」と「賞賛や叱咤激励」受け取った側の大きな違いの1つは
【感謝や共感】
⇒相手のとのかかわりの中で自分の行動や立ち居振る舞いが
相手にいい影響を及ぼしたと感じもっとやってみようと思える
【賞賛や叱咤激励】
⇒相手とのかかわりの中で相手の評価判断軸に基づき
こうやったほうが良さそうと思える
どちらも
「人との関わりの中で相手の感覚がフィードバックされている」
という図式は同じかと思います。
Aさん→Bさん
繰り返しますがAさんがBさんに声を掛けるとして
受け取ったBさんが
「よし頑張ろう、やってみよう」
「自分の未来を切り拓こう」
と主体的に自分のために思うことができれば勇気づけになると思っています。
その前提を持ちながら、賞賛や叱咤激励は
「主体的に自分のために」という部分が「相手の評価判断のために」に置き換わる可能性があると思っています。
そうなると
主体性の部分が弱まり
相手の評価判断軸に沿う
という部分が強くなってしまうと感じています。
今日で10回シリーズ終了^^
自分にとっては書きながら学ぶ内容であり、まだまだ消化しきれていない部分も
あるなぁと感じましたがいかがでしたでしょうか?
感想とかいただけたらとっても嬉しいです。
もしよかったら今日1日は
賞賛や叱咤激励をいったん脇に置いて
感謝や共感を伝えて相手を勇気づける
ということを意識して過ごしてみてくださいませ。